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スーパー記憶術 [教科(数学)指導者として]

答えをまるごと暗記する。

私が中学・高校時代によく読んでいた雑誌・週刊少年ジャンプには、ときどき広告で脳みそから稲光が走っていて記憶する方法について書かれていた通信販売のような広告が出ていたことをなんとなく覚えている。そこに書かれていたのは確か「スーパー記憶術」という言葉だったと思う。

その言葉を使って、生徒に「スーパー記憶術」禁止例を出している。

同僚に面白い話をしてくれた先生がいる。

ある定期テストで「この問題を出すぞ」と言って予告通り、問題をそっくりそのまま出すと言うことを実行しようとしたらしい。そもそも、その是非はともかくとして、その先生は誤って、よりによって問題文を書くのを忘れたらしい。それをテストの巡回で生徒から指摘があって気がついたようなのだが、恐ろしいことに、特に質問をしなかった生徒たちは、その問題を正確に解いていた?のだそうだ。そんなに学力層が低くないはずの生徒がそのようなことをしたという話に少なからず衝撃を受けた。

なかなか興味深いエピソードである。

最近の私のテストはこの中から同じ問題を出すという心優しい設定の試験問題を出すことがあるのだが、記憶する問題が違っていて、違う問題の解答を答案に書く生徒もいる。問題にそういった設定がないのに、なぜその解答になる?という衝撃が走る。ただ、一方で、追い込まれた生徒があがく過程の中でこういったことは起こりえるだろうな、と感じてはいる。

あるいは、数学は過程が大切と言うことで過程を書けというのだが、答えを一発書いておしまいという生徒も少なからずいる。

後者の解答を私は「スーパー記憶術による解答」と定義した。そして私はその解答は「覚えていると言うことに敬意を表して1点だけ与える」と決めた。それでも点数がほしい生徒は答えだけを覚えてくる。賛美はあるかもしれないが、まあそこも差別化するために点数はあげましょう。

しかし、さらに超越した生徒はいるもので、無反応というゾーンの生徒の存在もある。事情はさまざまであろう。他教科の勉強が優先で手が回らなかった、アルバイトで怒られてやる気がなくなった、告白に失敗したのかもしれない。

一般の人たちには、学校の生徒の学力がどのようになっているのかはわかりにくいのかもしれないとは思いつつ、このようなケースは少ないと思われるのかもしれないと思われるかもしれないが、この層は着実に増えているのだとは思う。理由は簡単で、少子化により競争がなくなっているからである。何も努力しなくても世の中は戦力を必要としている。間違いなくそういう人たちも必要とされている。そういう中で勉強に価値を見いださせて、スマホでゲームをするよりも価値があることだと思わせて行動させるようにするのは至難の業だと思う。

まあ、久しぶりにそういった人たちの担当をする中で生徒たちと楽しく授業をやっている気がする。そこに至るのには少し時間がかかりましたけど。
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公式を試験に出してみた結果 [教科(数学)指導者として]

試験に公式が掲載されているような問題を試しに出してみた。

とは言っても、単に公式が掲載されている問題を出せば、馬鹿にしているのか?ということになるかもしれないので、公式を選択肢の中のどれかという問いかけにして、公式を手元に残させる作戦とし、公式を使える状況を作って問題を解かせるという作問にしてみた。

こういった出題傾向にすることついては、あらかじめ告知した。

なぜこういった試験問題にしたかと言えば、自分自身が最近取得した情報の教員免許を取るための勉強の際に強く感じたことであった。

「もしも、人間の機能にスキャナ機能があって、これらを画像としてコピーできれば。記憶しなくてもどこに何があるのかを記憶していけば、活用できれば困らないだろうに・・・」

当然のことながら、教員免許を取るためには内容を覚えたわけだが、内容を覚えるのに意味があるのかないのか?ということを少し考えてみたという着想によるものであった。数学の話題を念仏か何かと思っているとしたら、残念ながら言葉は意味をなさず単なる記号でしかなく、「スーパー記憶術」によって解答を書くだけなのかもしれない。

仕方がない。私は数学教員として一種の誇りのようなものはあるつもりだが、生徒にとっては何の関わりもないのだとしたら、そこは少し妥協するかと言うことで「公式を使う」と言うことに主眼を置くことにした。職場でも、そのことを話題にして、どうなるのかと言うことも少し同僚に注目してもらうことにした。

結果は人それぞれというところはあるが、公式事態をテストに出すという行為が意味をなした生徒がそれなりにしたものの、残念ながら、公式の判別がつかなかった生徒もいた。間違えた公式を用いて問題を解くのだから、間違えた公式を使って問題を解いたとしたら・・・それは残念な結果になるしかないだろう。それはどちらにしても残念な結果になる訳だから、あまり気にしないことにした。

なお、この問題構成にするのに参考にした某業者試験の問題の問題構成がこれであった。
(1)で公式を選ばせ
(2)で公式を使わせ
(3)で公式を応用させる
という流れである。この問題の流れを一通り研究しておいたので私の今回の試験の着想がわいたわけだが、よくできている試験だな、と改めて思った。業者も考え抜いて問題を作ったのだろうが、なるほど、こうやって生徒を診断するというのも一つの方法なのだなと思う。

テストの結果?今までよりは良かった。が、内容が難しい分野だからなのか、私が想定しているほど点数は伸びなかった。
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学校祭終わる [教科(数学)指導者として]

昨年度は生徒会顧問として迎えた学校祭だったが、今年は一担任として迎えることになった。

よく考えると、初めてものを販売してみることにしたので、初めての経験で緊張感が走っていた。ものを売ることを生業としているわけではないので、経験がないところに来て、生徒たちは想像の範囲内でさまざまな挑戦をしていった。そのような中で頼りになったのが普段アルバイトをしている生徒たちであった。必要なものを的確に指示し、買い出しなどでも活躍した。

当たり前のことだが、その中では計算がある。別にレジを持っているわけではないので、手計算である。普段数学が苦手な生徒たちはどう出るのか。やはりそれなりのリアクションを示してくれた。

私としても、仕入れは担任のお金なので、おつりの計算などすると結局自分に返ってきてしまう。生徒たちもわざとそういったことをするわけではないだろうが、果たしてお金が合うのかどうなのか。

アルバイトの生徒たちも今では文明の利器であるレジを使っていて、計算に困ることは打ち間違えで反応できるかどうかということになるだろう。単純な計算だが、間違えないように計算しないと。

まあこんな経験も今ときの人たちには必要なのかもしれないなと思いながら学校祭が終わった。

夏休みが近くなってきた。どうにか1学期が終わろうとしている。いろいろな意味でタフな時間帯を過ごした。
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倍数判定法 [教科(数学)指導者として]

整数の性質を教えていると、倍数の見分け方なる項目が出てくる。倍数判定法というのですね。

2の倍数は、1の位が偶数
3の倍数は、各位の数の和が3の倍数
4の倍数は、下2桁が4の倍数
5の倍数は、1の位が0または5
6の倍数は、2の倍数かつ3の倍数
8の倍数は、下三桁が8の倍数
9の倍数は、各位の数の和が9の倍数

これくらいがあれば、偏差値60程度は十分にクリアできるだろうけど、なかなか判定しにくいものはどうなっているのか。そのへんまで調べてみると面白いことがわかる。

7の倍数、11の倍数、13の倍数あたりまではやってみる価値はありそうである。時間があったらネット上にもさまざまなコンテンツがあるので見てみると面白い。このように、興味を持った話題をさらに深めてみるというセンスが必要なのだな、と思う。

こういうことをやらないと、数学の深みを知ることはできない。
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「丸はつけるんですか?」 [教科(数学)指導者として]

冬休み中に大がかりな宿題を出した。結構手間がかかる宿題だった。

宿題を出すとよく聞かれることが今日のタイトルである。なぜそんなことを聞くのか、少し不思議に思う。

丸をつけないとしたら手間がかからないということなのか、
丸をつけなければ解答は見なくても良いということなのか、

どうなのかは人それぞれなのだろうが、今回は丸をつけなければならないと答えた。

個人的には、答えを見て、改めるべき点を改めてもらって、結果を残してくれさえすればいいようにも思うが、指導だから、人それぞれのことを統一した見解を持って答えることがみんながきちんとした勉強につなげるために丸をつけなければならない、ということか・・・。

少なくても、解答を見て、答え合わせをして、間違えたところは改める。当たり前のことを当たり前にやってほしいなあ・・・。

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高校入試の内容が少し変わった? [教科(数学)指導者として]

大学入試センター試験後継の話が、徐々に浸透しつつある気がしている。とはいえ、アンテナを立てていないとその変化についていけないという状況に気がついたらなってしまうのかもしれないが・・・。

そのためには、高校受験が何らかの変化を見せるのではないかと思っていて、高校受験の「電話帳」(業界用語)をぱらぱらと開いてみた。

旺文社の全国高校入試問題正解(数学)2019はこちら


見て思ったことは、かつての問題から、少しずつ身近な題材を求めるようになってきたことがわかってきた。よくぞまぁ、いろいろなところから話を持ってきたと思うほど、さまざまな角度から数学的な問題を持ってきているのに感心した。この背景には、大学入試センター試験の後継の問題を意識しているのだろうなと思う。問題を作る側は、基本的に高校の教員であることが多いだろうから、高校の教員側からすると、大学に合格するための力を見たいことはずである。世の中のトレンドをある程度知っている人がこの問題を作るわけだから、当然といえば当然のことなのかもしれない。

問題を作る側もこれからは大変だろう。普段さまざまなところにアンテナを立てて、様々な事象を数学的にとらえなければならない。それくらいなら意識が高ければあればそれなりにできるのだが、さらに問題はその事象が高校入試として使えるような内容として妥当なものになるかどうかである。それもまた難しい。

「数学が世の中では役に立たない」という批判があるが、数学は役に立っている。思考力という意味では、数学が持つ世界観が応用できる範囲は広いと思うが、残念ながら、ある程度の学びに到達しないとそこまでの理解に進むことは難しいのかもしれない。身近な題材から問題を求めるということも悪いことではないが、どこまでそれができるのか、限界があるようにも思う。まあ、今のところはさまざまな問題を見ながら楽しむことにしたい。先ほども述べたとおり、いろいろな設定の問題を見て感心している。

ただ、この話の延長線上にある、「問題を自分で作れ」と言われたら、さぁ、どうしようか・・・。当然そこを意識しなければならないのだが。
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解くのが良いか、読むのが良いか [教科(数学)指導者として]

参考書を空き時間にひたすら読んでいる。

問題を解く時間は膨大にかかるので、どうしても読む時間として解き方を「見る」ということも多くなってしまう。解くための時間が確保できることはなかなか難しい場合には、こうならざるを得ない。

解くのが良いのか、読むのが良いのか。当たり前だが、解くのが良い。

関係ない解法に思いをはせたりすることもあるし、曖昧な知識に気づいたりすることは、問題を解くことでしか経験できない。しかし、デメリットとしては、問題を解く時間がなかなか得られない場合には、解く問題の絶対数が減ってしまうことにある。読むことで数多い問題を解いた気になっていても、結局のところは、その知識が「自分のものになったかどうか」ということで考えると、難しい、というのが現実だろう。

効率の良い勉強方法ということか一面であるものの、じっくりと問題を解かないと、なかなか自分のものにならないというのも一方の現実だ。
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冬休みの最低ノルマ終わる [教科(数学)指導者として]

青チャートの冬休み中に個人的に課していたノルマが終わった。まだ発売されているノートがここまでという話なので、春休みには、数学Ⅱの微分積分と、数学Bの数列をすることになりそうだ。

数学ⅠAはできても、数学ⅡBができない子が多いのはなぜかという理由をここ数年問いかけているが、やはりそれなりの分量がある内容であり、ここで人間としての限界(?)を感じてしまう受験生たちは、センター試験で数学ⅡBを全く点数が取れない理由のようなものを垣間見ることができた。数学は積み上げだ。積みあがらない分野は、数学ⅡBでは通用しないところも数多くある。典型的なのは、数学Ⅰの2次関数である。センタークラスの小手先のものであればどうにかなるものもあるかもしれないが、ここができないと、数学ⅡBは壊滅してしまう。ここで空いた穴こそが、数学ⅡBの問題が解けない大きな理由になっていくということを改めて痛感したのであった。特に数学Ⅱの前半学ぶ内容(今回解いた青チャートの内容)は、表面的には別の分野だが、本質は2次関数というものがあまりにも多い。2次関数をそれなりにできるようにならないといけない、と痛感したのである。学校に来ている1年生には「高速トレーニング」をやらせている。ここでは何が起こるかといえば、2次関数を学んでいるときに係数が文字というものは教科書を学んでいる範囲においてはほとんど起こらない。しかし、問題のほとんどは文字係数なのである。そこに慣れていないと恐ろしく時間がかかる。これが日本の数学教育での中位層から上位層を作り出すためのポイントになっていることに気が付かないといけないだろう。

まあ、なにはともあれ、今日はノルマを達成した。まだまだ長いぞ冬休み。ノルマ以外にも学ばなければならないことはたくさんある。ベクトルの計算がスムーズでないことを個人的に反省した。内心・外心あたりはもう少しこなれないといけない。指導者が苦手だと生徒も苦手になるから気をつけねば。
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朝学習 [教科(数学)指導者として]

朝学習を始めてから2か月が過ぎた。

最初は教えているくらいの生徒が来ればいいなあと思っていたが、気がついたら別のクラスの生徒も来はじめ、人数は増加傾向にある。

講習は30分。先生方の朝の打ち合わせ30分前からスタートしている。模擬試験の過去問を解くのがメインとなっていたが、すでに解く問題がなくなってしまったので、別の企画にシフトしている。気がつけば、1年生と2年生が混ざるようになってきた。混ざってもいいような企画を用意しなければならないので、結局は1年生の復習であることが多くなるに違いない。もっとも、数学ⅠAはだいたい終わったので、2年生も復習としてやればいいだけの話だ。

毎日私が好きなタイミングでやっていることなので、先生方の方からクレームが来ることはないが、一大勢力になったら、たぶん自分に火の粉がかかることが判明しそうになったら邪魔する人間があらわれるのかもしれない。大人の世界はそんなものである。そうなれば「地下組織」にするしかないのかな。
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大学入試攻略数学問題集 (河合塾シリーズ) [教科(数学)指導者として]

河合塾の年度出ている問題集を購入して、問題をセレクトしながら解いている。

入試問題のトレンドを知るための1つとして購入しているわけだが、時代の変遷を知る1つの手がかりになると思い、10年分くらいにはなっただろうか。

やって思うことが、高校1年生~2年生までにどこまでの解法パターンを自分のものにしているのかが入試レベルでも非常に重要なのがよくわかる、という当たり前のことであった。

この問題集をやって感じていることは、いかに入試問題が、すでに青チャート、4STEPレベル程度の問題の焼き直しになっているか、それだけでかなり多くの国公立大学やそれなりの次第に入ることができるかどうかを分けているのか、ということである。

そこから入試レベルということだが、正直、それらの問題集レベルの問題の数値が変わる程度でもそれなりに成績が分布する大学がけっこう多いのだろうな、と感じるところである。もちろん、本当に数値変えだけの大学が掲載されることはないだろう。ただ、本質的に同様の問題が言い方を変えて出てくるだけであることに気がつけば、大差ない問題は少なくないんだな、と実感できる。

指導者は、この手の問題集の代表格である「数研出版の入試問題集」もいいと思いつつ、問題数がそれなりに絞られているこの問題集を解くことで、毎年の出題傾向というか難易度についての空気を感じるのも良いのかな、と思う。


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新テストのサンプル問題 [教科(数学)指導者として]

大学入試センター試験の後継にあたる試験がついに公表された。センター試験よりは少し待ったりするのかなと思って淡い期待をしていたが、どう受け止めればいいのだろう?

これまでも盛んに高校の教育改革の話は出てきていたものの、大学入試が変わらないとなかなか変わらないという話であったわけだが、ついにそれが変わるということだから、業界の注目は相当なものである。

わかりやすいところで、外部試験の導入となる英語については、先行して、さりげなく、英検のほうも、受験の科目、受験料が大幅に見直されて、新しい試験を意識した内容にするのだろう。社会の要請にこたえる形なのだろう。受験料も値上がり幅が大きく、これもまた驚きである。近くの大学も、外部試験の結果を一般入試の結果の一部として使うということを表明する大学も出てきて、先行する動きも出てきている。

こうなってくれば、高校の現場も変わらざるを得ないだろう。

数学の問題については、これまでのとは雰囲気が変わった。問題解決型。こういうものは、旧来のもののほうがいいということを言いたくなるのが人間の性ではあるが、こうなるのであればどう対応したらよいのかを考えなければならない。これからは問題を作る側もそういうことを常日頃から考えないとだめだ。勉強といえば、単に「暗記する」と考えている人がいるのかもしれないが、インターネット上には「玉石混合」であるものの、いくらでも情報は転がっている。それをどう生かして問題を解いていくのか、情報化が進んでいく中ではそのような力が求められていくのだろう。

もう一つの話題になるであろう「記述」はあんまり記述という感じでもない気もするが、生徒にとっては大きな変更になるのかな。

いずれにしても、大学入試が変わろうとしているのは、まあ仕方がないのかなと思うが、この変化に各校がついていくことができるかどうか、ここに偏差値下克上のヒントがあるのかもしれない。

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寝なければ、成績は上がるものなのだ [教科(数学)指導者として]

今年度はアクティブラーニング型授業に取り組むべく、日々精進している。ただ、年間を通しての取り組みにするべく、形はそれなりに保ちつつ、現状とのすりあわせをしながら進めるため、まだ確立したとまで言えないのが実情である。

対象がフレッシュな入学したての1年生であること、内容が中学校の復習から入っているからということもあるのだろうが、今のところ、とりあえず寝ない。

アクティブラーニング型授業の最大のメリットは、浮きこぼれも落ちこぼれもとりあえず「寝ない」ことにあるように思う。寝ている時間がないほどに追われていると言うことになっている。ある程度勉強ができる生徒も寝ない。けっこうなことである。

逆のいい方をすると、日常、寝ている生徒の何と多いことか。休憩しているのだから、成績が上がるはずもない。当然のことを改めて確認した。

勉強というくくりの中では、小学生や中学生でも寝ないのに、なぜ高校生になったら急に寝るようになるのだろう・・・いつの頃から兼ねるようになるのか、こういった統計データを取ってみるのも、良い研究になると思う。すでにあるようにも思うが・・・。
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マセマの合格シリーズを読んで思ったこと [教科(数学)指導者として]

マセマの合格数学Ⅰ・Aを読んだ。生徒もこの参考書シリーズをよくやっている光景を見かける。

生徒が購入するのには何らかの理由があると思ったので、問題を解くまではまだしてはいない。

読んで思ったことは、マセマの合格シリーズでいえば、この冊子には本文内に書かれた問題しかない。青チャートをしたばかりの私からすると、例題があって練習問題をするという流れにはなっていないが、どっちがいいのかな、とふと考えた。

とはいえ、青チャートも例題のみ行うというスタイルで勉強をしている人も少なくないようだ。十分いいのだと思う。青チャートとマセマの合格シリーズとはそもそも参考書のコンセプトが違うわけだから、比較するのも変な話である。

この手の参考書の生命線は、「選題がいいか」に尽きる。選題はいい。与えられた紙面の中に上手に内容を入れなければならないのだが、そのへんも上手に入っている。さすがだ。したがって、この例題というか本文の問題を隠して取り組んで、わからなかったら本文を読みさえすればいい勉強ができると思う。青チャートの重要例題や4STEPの発展と同じような問題もあるけど、総合的にみると難易度は「やや上」かな。

マセマの合格数学Ⅰ・A


時間があったら、この問題集の方も見てみよう・・・。
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何が教科として残るのか [教科(数学)指導者として]

新しい年度がスタートした。持ち単位数も増え、授業もずいぶん増えて、ようやく授業実践ができそうな感じになってきた。そっちの方が性に合っているので、良いことだと思っている。

ずっと3年生の授業担当が多かったので、今年度はどうなるのかということで言えば、久々の下級生の授業となった。これで、下級生の段階でこんな授業をやっておければ、という思いを実現できる機会が得られそうだ。

という一方で、新しい科目の授業が入ってくる。教科情報である。免許を取ってみたものの、それを使う機会がなかったので良かった。タイミングがあると思ったので、これについても良い勉強をしていかなければならない。

そもそも、すべての授業のコマが異なるというのは、授業のクオリティーが下がる可能性があるので、あまり好ましいことではないと思いつつ、私学の先生はきっとその傾向は多いのだろうと思う。コースがいろいろあれば、どうしてもカリキュラム上、異なる科目をせざるを得ない。そこが辛いところではあるが、良い経験として新しいものを想像していきたいものである。

その延長線でふと考えてみたことがある。100年後の学校はどのような授業構成をしているのだろう。そもそも学校の形態が今とは違っているような気もするが、学校ではこれもやりたい、あれもやりたいという内容が非常に多く、ある種の場所取り合戦のようなことが起こっている。例えば「受験に関係がない芸術はなくしても良い」という意見があるかもしれない。芸術の教科は残るのだろうか。そして、昨年度私が取得した教科情報の免許を取ったものの、学習指導要領から消えるのでないかと心配していた。世の中の流れはむしろ「プログラム教育」の必要性の話に進んでいる。このように、世の中では何が必要で何が必要でないかという話が出たり消えたりしている。この場所取り合戦が今と100年後が同じとはとうてい思えない。一体何が残るのか。ともすれば、根性論の方々が「全部やれ!」と言ってしまうかもしれないが、それは限られた時間の中では無理というものである。となれば、一体何が残るのだろう。国語、数学、英語は主要3教科なのだろうか。それすらも危うくなっていくように思える。100年後には私は影も形もないだろうが、何が大切で何を優先とするのか、多様化していく社会の中で、選択は難しくなるだろうな、と考えてしまった。
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参考書は授業解説には向かない [教科(数学)指導者として]

学校で採用する参考書と問題集のパターンはいくつかあるようだが、
①教科書傍用問題集のみ、
②参考書のみ、
③教科書傍用問題集と参考書どちらも持たせる、
というのが大きなパターンのようである。これについては、地域差、公立と私立などの事情もあるようで興味深い。教科書傍用問題集についても、解答を持たせる、解答を持たせないという2種類に分かれるようである。

最近、青チャートを解き始めた私としては、ときどきtwitterに備忘録的に感想を書くことにしているが、それとは別に、そもそも、授業の中で解説されているものを解説すると言うことをやったことがあるが、結局解説に書いてあることを解説しても、あまり意味をなさないという、言ってみれば当たり前のど真ん中のことに気がついただけで、時間の浪費をしてしまったことがあることを思い出した。

授業内で参考書の問題の解説をすることは、書いてあることを今更言っても意味をなさない。もっとも、書かれている内容自体が理解できない人たちにとっては意味がある場合があるのかもしれない。4ステップの解説がわからないという生徒がいるのは残念なことではあるが、解答・解説というものは、与えられた紙面の中に押し込めなければならないという意味において、それ自体の課題もあるという中では、やむを得ないところなのかも知れない。あるいは、青チャートを買えば理解できるということで、青チャートを買わせるということも念頭にあるとそうなってしまう、ということなのかも知れない。その青チャートが学校単位で買わせると言うことになれば、辞書的に扱われるという位置づけにならざるを得ないだろう。

③では、辞書的に扱われ、長期休みで課題として出され、長期休み明けに確認試験をするというケースが多いようである。自学自習の姿勢を養うと言うことであれば、それは大いに意味があるであろう。結局のところ、自分で学んで自分で読んで理解できない参考書はあまり取り組んでも意味がない、という帰結になる。わかった気になりたいから参考書を購入すると言うことでなく、自分の身の丈に合った参考書で確実な線で参考書を持てれば、それにこいたことはないが、学校が見栄を張ってレベルの高い参考書を買わせて、結局生徒の実情に合わない参考書を持たせるケースもあるようだ。お金の無駄遣いをさせる学校が残念ながらあるという現実にも目をやらないといけないだろう。
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指導者には集冊版よりもノートの方が良い [教科(数学)指導者として]

4STEPを使っていたが、改訂される時期を迎えてしまった。問題の差し替えが起こるシーズンに、解くべきか解かざるべきか、とても悩んでいる。前回は、B問題以降をだいたい全部といたが、さすがに少し面倒くさい。同じ問題も多い(というかほとんど)だろうし。

現在、そこそこの学校で行っている問題集のかなりのシェアを握っているのは4STEPである。この問題集の学び方として、集冊版で学ぶ方法とノートで学ぶ方法があり、ノートが出たときにはノートがはやった感があったが、それもひと段落して、ノート派と集冊版派がいる。

普段数学を指導する中では、ノート版に解答を書いた関係からノート版を使って解説をしている。とは言え、集冊版もきちんと所持しており、ケースバイケースで使えるようにはしてある。

どちらも持っていないことにはどちらの方が良いという話を論ずることは難しい。

その上で思うのは、指導する側としては、ノート版の方が便利ではないか、と言うことである。なぜなら、別解をたくさん書き込むことができるからである。もっとも、たくさんありすぎる場合には、その解答スペースでもさらに「足りない」と言うことが起こるわけではあるが。そのときには、さらに紙を貼って付け足したりしていた。生徒の解答の名作もこの中には貼っておいた。


さて、4STEPから派生するのは、相性が良いと言われている青チャートの存在である。
見た目は同じようなもののように見えるが、易しい問題を飛ばしてでも、今年1年かけて、青チャート、解いてみようかな、と少し思っている。その問題を見ながら、他の参考書との比較などやってみるのも一興かもしれない。こちらも最近改訂がかかったのでタイミングとしては良かろう。

青チャートの集冊版はこちら


青チャートのノート版はこちら


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EDuPAというサイト [教科(数学)指導者として]

すごいサイトを見つけた。

参考書のことを調べていたところ、私が行き当たったのが「数学Ⅲについて学べるサイト」であったが、それを超えるコンテンツ量。このサイトのコンテンツと作ろうと思った方々のスピリットが素晴らしいと感じた。「思い」がないとこのサイトを作ることができない。

もちろん、すべて見たわけではないが、コンテンツは高校数学のかなりの部分を網羅しているように感じた。これで、数学Ⅲの学習はばっちりかな。しかも、解説されている方が、あの長岡先生である。すごいことだと思う。

ということなのですかさずこのブログにリンクを張らせていただいた。ときどき見ることで私自身の学びにもつなげていきたいと思った。
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名作を買え [教科(数学)指導者として]

参考書や問題集には名作がある。ただし、事情があって、難易度が高い問題集は売れる対象者が少ないことから、あまり販売されない傾向が顕著になってきた。

参考書や問題集を販売する業者も慈善団体ではないのだから、「売れないと作らない」という姿勢は仕方がない。今後も、難易度が高めの参考書や問題集は販売が難しくなる、あるいは作らなくなるということが出てくると考えられる。

と言うことは、今のうちに名作と言われる参考書や問題集は買っておいた方が良いかもしれない。今ある参考書や問題集もいつかはなくなってしまう。古典になってから購入するのではひょっとしたら高値になるかもしれないので、そういうのは購入しておくことを勧めたい。オークションサイトを見ても、名作はけっこうな高値になっている。今あるものがそうなるとは思えないが、買えるときに買っておいて、勉強しておくと良いのかもしれない。

これとリンクする話なのだろうが、実力がある先生方の需要が増しているという話も聞く。実力がある先生と実力がつく参考書・問題集。数学と英語の先生方で、この需要がけっこう高いことは意外と知られていない。考えてみれば、人口が減っていけば、同じ割合だけいたとしたら、人口減少の環境下では、絶対数が減ることは自明である。この価値は、今後さらに増し加わっていくことが予想される。
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確率分布と統計的な推測 [教科(数学)指導者として]

センター試験も実施の残り回数が減ってきた。

次の準備もしなければならないと思いつつ、しかし、あと何回かは試験はあるのだ。そこで結果が出ないのも困る。

数学ⅡBの学びを朝から晩まで行っているが、数列とベクトルと選択になっている確率分布と統計的な推測についても学んでみようかなと思い、ぱらぱらと教科書を開いてみるようになった。ネット上にもコメントはいくつかあるが、「おいしい分野である」というコメントもちらほら。そういうことを書くひとはそれなりに数学が得意な人なのだろうけれども。

理系の国公立大学の2次試験対策としてはあまり勧められたものではないが、センターしかない生徒であれば良いのかもしれないな、と少し思う。ただし、数列とベクトルを指定している学校も多々あるので、そういう大学を受験する場合には使えないけれども。

第一印象は、数学というくくりに入るのかどうか微妙な分野と言うことだ。

本当においしいか、おいしくないか、易しいか難しいかは、少し勉強してから判断しようっと。これが個人的な冬休みの課題になりそうだな。

まず手始めに読み始めた参考書


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難しい問題から基本を確認する [教科(数学)指導者として]

数学を学んでいてわからないことがないことは当たり前のことと思う。

わからないことがあったら何がわからないのかをさかのぼって確認することで、これまで当たり前と理解していた内容の理解が深まったり、見直すことができる。

基本的な内容の再確認に時間を費やすことは、自信がなくなった受験生にとっては大切なことであるが、新しい内容に進まないと殻を破ることはできない。そういう意味では、一歩抜け出すためには勇気を持って新たな道に進んでいくことが大切だなあと思う。

さて、新しい道に進み出すために、少し難しい問題に挑戦してみようか・・・。

そう思うことができるようになったら、学ぶということが少しわかったことになるのかもしれない。逆の言い方をすれば、そういう思いがなくなったら、指導者としての伸びしろを失うことになるのかしれない。
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講義調参考書から教材作りを考え中 [教科(数学)指導者として]

来る日も来る日もセンター型の問題集を解いている。あと数年で終わるセンター型の問題集を解くことにどれだけのメリットがあるのかはあまり考えないようにしている。 やっていると、体がこのパターンならばこの流れというのが見えてくる。感じ取るセンスのあるなしによるだろうが、それなりの数を解かないと難しかった気がしている。 職業柄、いくら自分が問題を解くことができるようになっても、生徒が解けないと何にもならない。それはわかっていることなので、同時に、その分野をどのように教えるのが良いのかを考えるようになるというのが自然な流れになることだろう。どの問題集をさせるのがよいのか、など、悩むことは多い。 ということで、参考書を整理しながらこの参考書を読もうと考え、合間に読み深めることにした。 講義調参考書の1つである、いわゆる『細野本』である。しばらくぶりに見たが、さすが数学、名著であれば、その内容そのものは古かろうが新しかろうが変わらないのである。 たまたまベクトルを教えていたので、これを取り合えずということで分野についてのこだわりで選んだわけではない。 指導者は、講義調の参考書の問題が易しいか難しいかを見るのではない。この問題を通して自分の数学の幅と教え方の幅を広げること、それがすべてである。自分が新たに学ぶという観点から選ぶのとは違う。まあそういう人もいるのかもしれないが、それは指導者としてはやや恥ずかしいと思うので、こっそりと、若いときに済まさなければならないだろう。 私が言いたいのは「教材にするためのヒントを探すために読む」ということでしかない。そういう意味で見ても、問題のセレクトなど、なかなかできた参考書だ。
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センター試験数学ⅡBの問題を解く順序が難しい [教科(数学)指導者として]

仕事とはいえ、センター試験の問題を来る日も来る日も解くのは、精神修行のような感じがする。

ただ、生徒のことを考えれば、いかにしてそれをかみ砕き、汎用性のある技に置き換えて解説するかという意味において、非常に重要な立場にいるのは確かだ。その責任感だけで問題を解いている。たぶん、全国の進学校の先生方はそんな感じで問題を解いているのだろう。最近はご飯を食べながら解くことが多い。良くかんで食べないといけない。

さて、中から上になりたい生徒層にとっては、1つの作戦によって大きく点数の上下が出るのがセンター試験である。上位層にとっては、あまりぶれることなく常に点数は上位になるので、あまり変動はない。あるとしたら精神的なものだけだろう。

その中から上になりたい層をターゲットにして授業を展開しているわけだが、特に数学ⅡBにおいては、時間が足りない、というのが永遠のテーマのようなもので、参考までに時間はとるが、ほとんどの生徒が時間内には収まらない。深みを目指す(といってもセンターだが)という意味で、最後の問題まで完答を目指すという姿勢は大いに評価できるが、残念ながら、与えられた時間内に回答を収めなければ、世の中には評価されないというのが現実である。

さて、数学ⅡBはどの順番で問題を解かせるのが良いのやら。もちろんできる人は最初から問題を解き、時間内で終わるので問題はないはずである。しかし、ターゲットにしている層は、残念ながら、この手の戦略が点数を大きく左右することが多い。

数学が苦手な層にとっては、「頭が真っ白になる率」が高い第1問には注意が必要である。立ち上がりということもあり、見たことがある問題かない問題かによって、内容が大きく左右される。最近は、三角関数か図形と方程式かということも出てきたので、多様な問題を解くことで頭が真っ白にならないようにしておきたい。個人的には指数対数の問題が数学ⅡB全体を通して一番時間を貯金できると思っている。

第2問は、微積を知識ととらえる様な人にとっては貯金ができるところなのかもしれない。1/6,1/3,1/12の公式とか、3次関数の性質とか、知っておけば時間の短縮に繋がるものは、教科書になくても確実に自分のものにしておきたい。「これが正しい数学の問題の解き方なのか」と言われると辛いが、生きるためにやむを得ない。ここで場合によっては時間短縮できるので、教科書以外の解き方ができるかどうかが随分大きく影響を及ぼすな、というのが印象である。ここが短縮のポイントになっているように思える。

第3問は、シグマの読み取る力が大きなポイントになる。シグマになると急にできなくなる人か多いので、わかったつもりでも、シグマの式を具体的に細かく書くことができるかどうか。あとはパターンをたくさん持っているかどうかだと思う。多少トラップがしいてあるが、そこはパターンを知ることでカバーする。前半は簡単なところなのだが、パズル的な要素の問題もあるので、そこで時間をとられないように注意。時間がなくてもシグマの計算の前までは行かないともったいない。

第4問は、ベクトルの図形的内容と、計算がうまく繋がるかどうかということが前半で、そこで落とさなければ、半分弱まではいける。最初から問題を解いていて時間が足りなくなりそうになってもここまではとりやすいのでとらねばなるまい。ただ、そこまでバリエーションがある問題ではない。異様に計算量が多いだけなのかもしれない。

ということの中で結論だが、さしあたりは
①第1問で頭が真っ白にならないように注意。
②第2問の微積の特バリエーションは教科書以上のものがほしい
③第4問のベクトルは計算力をつければ突破できるものが多いが、激しいものはどうしても12分(20点配点の問題解答時間の目安)を超えるだろう。
④問題を解く順番を変えたとき、マークシートのしかるべき場所にマークすることを最大限注意してもらいたい。場所を間違えたら一巻の終わり。

あくまでも、これは私個人の感想だけど。

うるさい場所で練習することも大切 [教科(数学)指導者として]

受験生たちとのセンター試験の問題解説の戦いが続く。

連続3年生担当なので、さすがにパターンも頭の中に入りつつあるが、それを超える問題も出てくるので、なかなか思い通りにはいかない。そうでなきゃやりがいもないか。

さて、たまには環境を変えて、あえて問題を解く際に多少やかましい場所で解いてみることにした。試験の際には、貧乏揺すりがうるさい、ペンの音がうるさい、北日本だと、暖房の音が気になる、など、本番に向けて多少ナーバスになる人も増えてくるに違いない。

その対策というわけでもないが、ときどきうるさいところで数学ⅡBの問題あたりをコーヒーを飲みながら解いてみる。すると、やはりいろいろと思うところも出てくるものである。

むしろ、そういう場所の方が集中できるという声も聞く人もいるが、試験会場と座る場所は選ぶこともできず、ある程度の環境でも集中できることが必要である。

よく考えれば、職場もまったくそうだ。うるさいから集中できないからすべて持ち帰って問題を解く先生もいる。集中力が高まらないといって、コーヒーを1日中飲んで、人がいなくなってからやっと仕事をする人もいるかもしれないが、職場にいる時間は拘束されるわけだから、そうでない方がいいに決まっている。

試験で集中できないという人は、大人になっても仕事をだらだらすることに繋がる・・・のかもしれない。「試験ばかりが人生でない」ということは確かに一面はそうだが、せっかくなのだから、試験を通して学び、生活に行かした方が頭が良い生き方なのだと感じる。大人になって勉強をすると見えることもあるものなのだ。
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教科書が本当に読めているのか [教科(数学)指導者として]

教科書は教師が教えるための道しるべであり、生徒が学ぶためにある。行間を授業で教師が補い、生徒がそれを授業で得るから、授業の存在意義があるのだと私は考えている。ということは、教師がいなければ教科書だけで学ぶことは難しいという設定をしなければならないのかもしれない。

あくまでも、これは、一般的なことであって、生徒の実力によっては、読めば行間を補えるので、教師がいなくても学べるのかもしれない。そのへんの実力の測定は難しいとは思うが、そういうのが教科書の位置づけであると思っている。

しかし、欠席がちな生徒が世の中に増えてきたり、世の中の過剰なサービス精神の中で、教科書もやや丁寧なものが増えてきており、教師が行間を補う必要があるのかな、と思うものも出てきており、それが世の中のニーズになってきているとも感じる。

そのように、難易度が下がってきていることを想像させる教科書なのだが、果たして、学習者は教科書を本当に読めているのだろうか。これは、学力の低下の根底にある、『語彙力の低下』の話なのかもしれない。このことは上位校などでもある話なのだ、という話をある先生がしていた。この筋の情報に詳しい方なので、けっこう深刻なのだな、と思った。教科書が正しく解釈できない、専門書になればなおさらのことだろう。

数学の問題をあれこれ考えるのは、日本人の圧倒的多くは、日本語で考える人がほとんどだろう。日本語がわからなければ、数学の根底を理解することはできない。

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いくつかの教員養成系大学の数学の問題をみて思うこと [教科(数学)指導者として]

最近の教員養成系の大学で2次試験で数学を課す大学の問題を解く機会があった。

すると、公式の成り立ちを説明するあるいは証明するというものが少なからずあるということである。それは大事なことだと思う。

全国大会に行くような課外活動で実績を上げる生徒でたまたま数学がそこそこ得意だから、ということで数学の教員を目指す場合がある。得意なことはそれでけっこうなのだが、課外活動メインで教員生活を考えているような場合には、あまり数学の奥深さについての考察が足りず、良い感触を得ることができないこともある。

これから教員に求められることも変わってくると思うが、その1つのメッセージとしての大学受験の問題を見ることは、少なくとも教員養成系大学という教育機関の中から感じる大学の先生方からの1つのメッセージととらえることができると思う。

「定義、定理、公式の成り立ちをしっかりと理解せよ」というメッセージがここから得られれば、高校時代にも少しはそのへんを意識しながら勉強してくれるはずである。

反省の弁にもなるが、時間がないから「公式を覚えろ」と言ったところで成り立ちがわからないと、結局本質に迫ることはできない。良くこんなことを考えたものだ、ということを見つけることが数学の楽しさであるならば、それを知っている人が数学の先生の割合の中で多くなかったら、形式的な数学を学ぶだけの「単なる苦痛」でしかなくなってしまう。
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相関係数を早く仕留める方法を知りたいわ [教科(数学)指導者として]

かねてからずっと悩んでいることがある。

それは、数学Ⅰの相関係数を求める問題で標準偏差と共分散を求めてから相関係数を求めるというのをいかに手計算で正確に仕留めることができるかということである。

解答にある方法では、確かに正確に出せると思われるが、そこまではしないだろうと思いつつ、確実にいく場合には、表を書いて解くのが得策な気もする。しかし、非常に時間がかかるので、そこまでやる時間を確保できるかどうか。

何でもそうだが、作業を行うということは、「正確にことを行う」ことと、「早くことを行う」ことのバランスで成り立っている。このバランスをどのようにとれば良いか、うーん、難しい問題だといつも悩んでいる。

現状は、生徒も含めてどろどろとした計算で解くことにしているのだが、良いんだか、悪いんだか。
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フタコブラクダの改善に向けて [教科(数学)指導者として]

どうしても二極化してしまう受験生の度数分布のヤマ。

そういう話をぼやいている人が勤務校にいた。問題の作成に問題があるのか、それとも指導の方法に問題があるのか、ということだった。

前者は、生徒の優劣を明確につけたい場合には、あえてそうすることもあるだろう。

問題は後者だが、指導の方法に問題があるというのは上位層だけに目をかけて、下位層に目をかけないとあっという間に二極化になる。それが良くないということになれば、下位層にペナルティー的な要素を入れた方が良い、ということらしい。ペナルティー的な要素というのは、居残りをさせる、追加の宿題を課すなど、いろいろあるが、あまりこちらが手をかけるとわざと悪い点数をとるようになるので、それは避けなければならない、ということだから、課題は出すけど、協力はしないというのである。

なるほど、それも1つと思う。

高校入試に向けての学習では、塾に勉強をさせられていて、自発的に勉強をするという習慣があまりないということもある。ここからどこのタイミングで自分で勉強をする方法論を身につけさせれば良いのか、させられても協力はしない、そうなれば自分なりにどうすれば良いのか考えるのかもしれない。どうやってそれを考ええるように仕向けるか、その1つのヒントを聞いた気がした。
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模擬試験のための試験 [教科(数学)指導者として]

久しぶりに模擬試験のための試験をした。

練習のための練習はあまり好きではないが、小目標を設定するという意味では、やむを得ない。

まる付けが面倒くさいのは確かなのだが、つけられた成績を見ることが一番の説教ということでもあるのかもしれない。見て、自分で考えて、反省して、修正する。これも一種のPDCAサイクルである。これができないような人間は逆立ちしても結果など出せるわけがない。できる人間は、言われなくても、PDCAサイクルで自分の考え方を管理していると思うのだが、そうでない人たちが世の中にけっこういることに驚いている。
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時代も進んだものだ [教科(数学)指導者として]

最近仲が良くなった先生から教えてもらったgeogebra。知ってはいたが、ずいぶん進んでいたことに驚きを隠せない。

2次関数の最大最小の問題で定義域が移動する場合の解き方を教えるための教材を簡単に作ってみた。



まだまだわからないことは多いけれども、1つのツールとして大いに使えることは確かだ。コンピュータの使い方だけでも、日が暮れるほど勉強しなければならないことがあることを実感した。
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指導者育成 [教科(数学)指導者として]

私大受験の結果が出てきた。今年の私の周りでの結果は比較的よいようで何よりだ。もっとも、合格する話はオープンになるが、落ちる話はオープンにはなかなかならないからかもしれないが。

昨年度は、担任だったので、酸いも甘いも聞くことになり、一喜一憂していた。そういう意味では、去年とは立場が違うということが大きいのかもしれない。

私は数学の教員なので、私が数学を教える中で、次の数学の教員が出てくることがあれば、ひとつの目的を果たしたことになるのかな、と漠然と考えている。私がやっている仕事を何らかの形で次ぐような人が出てくれば、ひとつの社会的使命を果たしたことになるではないかと思っている。まだまだたくさんやらなければならないことはあるだろうが、その中のひとつとして重要だな、と思っている。

もっとも、私の地元はそれほど都会ではないので、私が今どこで何をしているのかはある程度恩師にも伝わっているようである。小学校、中学校、高校の先生方は何となく知っているらしい、という話を聞くことがある。ある先生は退職後の家にいて、ある先生は教育委員会で、ある先生は研究会で会うこともある、といった具合だ。

人とのつながりというのは、いろいろなところがあるものなのだな、と思う。

そんな形の延長として、逆にそういう目で教え子を見るということがあれば、それはそれでうれしい話なのだなと思うことがある。私の教え子でも教員をしているものが出てきた。そういうふうに、後継者ということでもないのだろうが、後に続く人が出てくるということは、私にとってもひとつの大きな社会的な役割を果たしたという気持ちになるのだな、と実感している。

そうして、世の中は回っていく。社会の中で自分が自分なりに生きてきた証を立てる。これこそが私たちが生きる意味を問われたときに大きな原動力になることなのかもしれない。


そういう意味で、ひとつ大きな目標を達成できたのかな、と思える1日だった。真面目に生きていれば、いいことは必ずあるものなのだな、と思った。
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